監査役インタビュー

2017年8月
トーセイ株式会社 前監査役 本田 安弘さん

テーマ:
監査役としての14年間を振り返って

本田安弘様は、長年大手建設会社である大成建設株式会社で定年まで勤め上げ、その後、不動産事業を営むトーセイ株式会社の常勤監査役に就任されました。トーセイでの監査役としての活動は14年間におよび、その間、社会も監査役を取り巻く環境も大きく変化しました。今回はその中で本田様がどのような経験をされ、どのように考え、そして現在何を思われているのか、お聞きしました。

  • ※こちらでは、インタビューの一部をご紹介いたします。
  • ※全文は月刊監査役671号(2017年8月号)に掲載しております。

14年間の監査活動について

――トーセイ株式会社は、本田様が常勤監査役にご就任の後に、ジャスダックに上場し、その後市場第二部、第一部に市場変更を果たされました。また、常勤監査役をお務めの間、会社法の制定、金融商品取引法による財務報告内部統制制度の導入、会社法の改正や各種コードの策定等、監査役を取り巻く法制度は刻々と変化を続けました。さらに、2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災等、不動産業界全体に大きな影響を与える事件も多く発生しました。そのような中で、監査役の職務に携わられたことについて、ご感想をお聞かせ下さい。
① 変化の連続
 上場後の当社の動きは順調で、業績も向上し、中堅不動産会社として市場にも認知されるようになりました。IPO準備のプロセスとその後の市場の指定替えで、監査法人、信託銀行、取引所などからの指導を受けてガバナンスに関する体制も充実してきました。何より経営陣の意識の向上は頼もしいものでした。
 経営陣は、上場することは「マイ・カンパニー(家業)」から「ユア・カンパニー(皆様の会社)」になること、「プライベート・カンパニー」から「パブリック・カンパニー(社会の公器)」になることの意味を十分理解して、コーポレートガバナンス強化の重点項目を「①コンプライアンス、②リスク・マネジメント、③適時開示」として取り組んできました。
 監査役からも、コーポレートガバナンスのみならず、将来的には社会貢献、環境問題への対応などが重要になることを助言しました。初めは、このような中小企業にはとても対応できないという経営陣の思いもありましたが、上場準備に関係するコンサルタント、信託銀行、取引所などからの指導の際に言われたことと同じことを言われているのだと理解してもらえるようになり、監査役に対する信頼感も高まりました。
 会社は市場との関わりにおいて、変化を続けていきました。社内の変化の一方で、外部環境も大きく変化しました。商法でスタートした監査役職務が、会社法の制定で変化し、証券取引法(証取法)は金融商品取引法(金商法)となり、金商法の財務報告に係る内部統制制度の導入、東証コーポレート・ガバナンス報告書、独立役員の東証への届出、会社法の改正、コーポレートガバナンス・コードの制定・運用、そしてこれらに連動して協会においても監査役監査基準、監査役監査実施要領などが改定されました。ハード・ローとソフト・ローがコーポレートガバナンス強化のために連携します。
 また、リーマンショック、東日本大震災、その他の企業不祥事など(構造計算書偽造問題、杭打ち工事データ偽装問題)が当社の経営に与えた影響は、計り知れないものがあります。経営陣はじめ社員全体に様々な経験とリスクに対する考え方を形成するための機会を与えられました。震災では社会貢献に対する認識が高まりました。特に、リーマンショックに関しては経営に強烈な影響を与え、経営陣にとって事業環境の低迷と資金調達において大変な試練を乗り切った思いがあるはずです。監査役においても経営者と同じ思いで見守っていました。

――戸惑ったこと、対応に苦慮したこと等はありましたか。また、それらをどのように克服されましたか。
 近年では、社会環境、経済環境、企業統治環境などが連動してテンポの速い大きな変化をもたらしていると思います。最近では、「日本再興戦略」の下、特に政府・行政主導で、実務家よりも行政官や有識者が中心になり、改革が進んでいます。振り返れば、私の在任期間は、本当に激流の中で、変化対応、環境順応することに最大限の努力をしたように思います。昔は、監査役は「閑散役」などと揶揄されていたこともあったようですが、いまやどうしてこんなに多忙なのかと思って仕事をしている方が、多いのではないでしょうか。
 経営者は事業活動において多忙です。トーセイでは、コーポレートガバナンスに関する初期情報は監査役がいち早くキャッチして、経営者や担当部署に伝えることが多かったと思います。経営陣への情報提供と制度変更等への早期対応の要請をすることもできました。おかげで、情報リテラシーを高め、勉強のやりがいもあり、意欲を持って取り組むことができました。
 この変化への戸惑いをタイムリーに解決してくれる強い味方が、協会の様々な施策・事業でした。会社法制定に関する動きは、当初、商法から会社法にどう改定しようとしているのか、現代語化、政省令の体系の範囲、また、証取法との関係等、全く判然としませんでした。法務省担当者を招聘しての協会主催の説明会・解説会が作業進捗の局面ごとに何度も開催されました。そのため、いろいろな会場に出向いたことを覚えています。
 やがて、商法との比較、関連政省令の方向付けなど、会社法の相貌が浮かび上がり、手応えを感じられるようになりました。協会もボリュームのある資料を沢山作ってくれました。経営陣には、会社法制定に伴い定款等に変更を必要とすることがないか検討を依頼したり、何よりも内部統制システムの基本方針の決議が求められているので、早期に検討することも始めてもらいました。
 J-SOX(財務報告に係る内部統制システムの制度)についても協会の説明会・解説会・セミナー、そして『月刊監査役』などで、丁寧に理解を深める施策が行われました。当社も対応のために監査法人の指導を受けて、早くから態勢を整え準備を始めました。
 最近の会社法の改正、コーポレートガバナンス・コードの制定・運用についても、協会は同様の体制で監査役の啓発・啓蒙を進めました。すべてにおいて感じることですが、委員会の編成や専門家有識者による多様な説明会・解説会・セミナーの開催など、さらにその資料の充実さにおいて、至れり尽くせりの対応をしてくれますので、監査役としては、やる気をもってこれらに出席し、資料を精読すれば、実務においてどう対応すべきかを理解することができました。そして自社での必要事項を経営陣とともに検討することもできました。

――監査役として、意識して取り組んだこと、創意工夫をしてみた、これはうまくいったというような取組み事例があればご教示下さい。
 監査活動において、会計伝票、帳簿類、諸書類などについては監査役はアクセス・フリーで、必要なときに所管部署に閲覧を申し入れます。監査役が独自に調査・実査することも重要ですが、一方で経営陣や社内関係者とのコミュニケーション(意思疎通)も重要です。そのために監査計画において、様々な仕組み、工夫を盛り込むことが大切です。年間計画の中にコミュニケーションを中心とした監査事項を盛り込みます。事前に関係対象者に趣旨・内容を十分説明し、積極的な協力を求めます。
 盛り込んだ監査事項が、社内に定着し監査役の年間計画が日常業務として進行するようになると、監査活動は進めやすくなるとともに、対象先においても定期的な対応として部門の計画に織り込むことができます。たとえば会社法施行規則第105条において、監査役は関係者と「意思疎通を図り、情報の収集及び監査の環境の整備に努めなければならない」とあります。対象者として取締役、使用人、子会社の取締役、その他監査役が職務遂行に当たり意思疎通を図るべきものということです。
 社長、各取締役、部門長などとの定期的な意見交換会あるいは社外取締役、会計監査人、会社顧問弁護士との各意見交換会など、監査役が、コミュニケーションの機会を設定して定例化し、双方に意義のあるものとして運営するなどの仕組みを作り上げることが、監査活動をスムーズに実施するポイントです。
 これらのコミュニケーションによって、情報が収集され監査役側からも情報提供が行われ、双方向のコミュニケーションが活性化し、監査環境の整備にもつながります。その結果、決裁書、契約書、諸会議の議事録等を閲覧する際に、あるいは諸会議での議論において、アジェンダや事業案件の背景が見えてくることもあり、効率的な監査ができます。
 コミュニケーションのほかにも監査活動を具体化し、実効的な監査をするための手立てを考案し、関係者の理解を得て、計画を立て推進する工夫が求められます。いずれの場合も情報収集を的確に行い監査の実効性をあげるためです。
 情報収集と監査環境の整備のみならず、監査の実効性を高める仕組みを作り監査の対象者とともに実践してきました。

――監査役としての14年間を振り返ってのご感想等をお聞かせ下さい。
 私が就任した頃と比べて、最近では監査役監査に関する学習、研修体制(セミナー、講演会、研究会などの活性化)や協会などの啓発・啓蒙の機会が増え、さらに経営陣の理解も広がり、監査環境の改善が格段に進んだように思います。
 社会環境の変化やアベノミクスの「日本再興戦略」における外資導入のために「攻めのガバナンス」「稼げる企業」といったことが言われ、そのためにコーポレートガバナンスの強化が掲げられています。しかし、行政主導で制度・体制を整えても一向に不祥事はなくならず、むしろ増加の傾向にあります。政府・行政の性急な要請に対応するために、企業はかっこよく対応しようとして形式的にならざるを得ません。反省として「形式から実質へ」ということも言われています。
 監査役は法定の権限・義務・責任の在り方を十分理解した上で、日常の監査活動を実践しています。その際に、いろいろな心構えや監査基準、実施要領がありますが、これらにとらわれるあまり経営陣に対して理論展開をしてみたり、在り方論を開陳してみたりしがちです。しかし、あるべき姿を認識しつつも、自社の実情をまず理解した上で、工夫して積み上げた監査活動を地道に着実に実施することです。
 私は監査役の法定事項や理念・心構え・信念をバックボーンとしながらも、監査のスタンスとしては、もう少し緩くおおらかに考えています。会社は事業活動において関係者(ステークホルダー)に「ウソをついていないか」(誠実)、「ズルいことをしていないか」(公平・公正)、「汗をかかずに浮利を追っていないか」(実利)、そして、建前的・形式的な行動で終わっていないか(実質的対応)、そのようなことを一つのバロメーターとして、社長以下経営陣を自分なりにモニタリング、ウォッチングしてきました。
 社長・経営陣と監査役は「会社を良くする」(会社の業績向上を図り、会社の持続的成長、企業価値の向上を目指す)という共通の目的を持っています。重要なことは、経営陣も監査役も「オン・ザ・セイム・ボート」の認識を持ち、相互の役割を理解して、信頼感と緊張感を持った関係にあることです。
 そのような思いで、14年間やってきたつもりです。振り返れば、14年間といえども、あっという間だったように思います。新興の活気ある不動産会社の監査役として、社会との接点を持てたことを本当に幸せだったと思います。意見や助言もそれなりに考慮され、やりがいを感じることも多々ありました。
 エピソードというほどではありませんが、監査役に就任した年の職場旅行で今年の重大ニュースが発表され、その中で、「本物の監査役誕生!」と言われ、もう一人の監査役と顔を見合わせました。
 社長との意見交換会は、当初2カ月に1回でしたが、翌年より毎月となりました。定例的には社長室で始業前に行いますが、社長は出社途中で必ずコーヒーを買ってきてくれました。ときに近隣のコーヒーのうまい喫茶店でやることもありました。そんな時は少し周囲に気を遣いました。そこでどのようなことを話題にしたのか、すべてメモで残しています。そのときの会社の状況も分かります。
 職場旅行は楽しみでした。社内行事には必ず参加するように努めました。国内旅行も沢山でかけましたが、海外旅行も多く経験させていただきました。年末には、ホテルで子会社を含めた社員が集まり、盛大な年末イベントが行われます。いろいろ余興を考え楽しませてくれます。ここでは若手社員からもいろいろ話を聞くことができます。
 他社監査役仲間との交流も相互啓発のみならず、一杯飲みながらの懇親やゴルフなど楽しくやらせてもらいました。監査役OBとの交流もあります。見学会や研修旅行なども、見聞を広めるとともに楽しく交流ができました。
 それにしても、リーマンショックの時は暗い気持ちが続きました。5年くらい尾を引いたと思いますが、会社にとっては成長のためのいい試練だったのではないでしょうか。
―ありがとうございました。

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