千歩優様には以前、『月刊監査役』の「シリーズ談」にて、トランスナショナルカンパニーとしてのユニークな経営の一端を御紹介いただきました。今回は、そのトランスナショナルカンパニーとしての具体的な取組や、日々の監査業務で大切にされている点について、幅広くお話を伺いました。
―以前、本誌「シリーズ談」にて、御社がトランスナショナルカンパニーとして、ユニークな経営をされているとの内容を御紹介いただきました。このような多様な人材が多く存在するお会社の中で、監査という観点で留意されていることは何でしょうか。
・トレンドマイクロ株式会社の組織構造について
当社は、1988年にロサンゼルスで創業し、1999年にNASDAQ上場後、2000年に東証一部に上場し、今日に至っています。本社を中心としてビジネスを展開している、いわゆるグローバルカンパニーやマルチナショナルカンパニーではなく、本社・子会社関係なく組織の様々な機能をグローバルに最適配置し、相互にハーモナイズさせる組織運営を行っており、それを「トランスナショナルカンパニー」と呼んでいます。
具体的には、ファイナンスとIRは日本、製品開発主要拠点は台湾、マルウェア解析はフィリピン、マーケティングリサーチ主要拠点は米国と分かれているのです。本社が決めたことに子会社が従うという構造とは根本的に異なります。各国のグループ会社それぞれが強みを発揮し、グループ全体での強固な組織運営を実現しています。
次に、「Radial Web Organization」と呼んでいる新しい組織構造を紹介します。これは「蜘蛛の巣」の形のように、それぞれがしっかりと接続されており、全体として動きを感じますが、非常に機敏で弾力性があり強力です。
「Radial Web Organization」では、誰もが果たすべき二つの役割があります。一つは、個々の業務活動を表し、それぞれが機能的な接続を持ち、放射状に広がった線の上に立っています。そしてもう一つの役割は、ミッションを達成したり、一緒に問題を解決したりするために、全員が自分の業務に貢献するクロスファンクショナルチームのメンバーとして円形の循環線上に立つことです。
この非階層的かつフラットで柔軟性の高い「Radial Web Organization」が、機能の境界を取り除き、全ての人のエネルギーを解放して、当社の全体的な成長を加速させるのです。
・企業文化の重要性について
次に、当社の企業文化について簡単に紹介します。
海外と日本との違いを感じる点は多々ありますが、一例として経理の業務内容が挙げられます。海外での経理の役割は、営業をいかにサポートするかという点にあり、営業データに経理的な視点を加えて、営業にとってプラスになる情報を提供することなのです。これは日本の考え方とは違っていて非常に面白いですね。ほかにも、当社では縦割りのいわゆるサイロ化といったことはまずありません。また、当社社員は人種が非常に様々であり、正に「人種のるつぼ」だと感じます。それゆえ、オープンドアな企業文化は当社の大きな強みです。
一方で、企業文化は重要ですが、継続していかなければなりません。当社のコアバリューは、「Customer, Change, Collaboration, Innovation, Trustworthiness」であり、コアバリューは時代と共に少しずつ変化していくものですが、それがグループ全体にしっかりと伝わっているのかが重要です。そのためには、継続して自社における企業価値や目標と向き合い、時代と共に変化したものを自分がどのように受け止めて広げていくのかを考え、それなりの感性を育むことも大切です。
それらを踏まえ、監査をする際に常に意識することについてお話しします。通常の監査業務はもちろん重要なことですが、当社の共同創立者であるジェニー・チャンは、CCO(文化担当役員)として企業文化の浸透・普及に貢献しており、そのため当社では、売上高の95%を占める10社が拠点を置く五つのリージョン(日本〈本社〉、米国、ヨーロッパ、オーストラリア、台湾・フィリピン)のうち、日本を除く四つのリージョンを毎年1か所、4年で一巡する海外子会社監査の際に、必ず面談者とこの企業文化に関する意見交換を行うことに重点を置いています。
これは、海外の四つのリージョンでは日本人社員が約10%弱なのに対し、外国籍社員は90%を占め、否応なく円滑なコミュニケーション抜きにはビジネスが展開できないためです。社員の多くが他社での業務を経て当社に入社してくる中途入社であり、また国籍や人種も多種多様なため政治や文化、宗教面においても様々な背景を持つ社員で構成されている当社のような会社では、いかに個人個人が信頼され、あるいは尊重され、活発なコミュニケーションを取れるのかが、まずは保障されなければなりません。グローバルに統一した方針が、どのような形で各リージョンに伝わり、その理解に相違がないか、また、その方針を各部門に下ろす際の障害はないかなどが監査面談の大きなテーマとなっているのです。
監査役の重要な役割は、一言で表すと「企業不祥事をいかに未然に防ぐか」であると思います。不祥事を発生させる根本要因として、企業に共通する風土・文化の存在が考えられます。不祥事が後を絶たない理由は、これら業務を遂行するプロセスの問題もさることながら、結局は「人間」自身に起因しているのだと思います。倫理観や善悪をわきまえ得る人間が、なぜ問題を引き起こすのでしょうか。言うなれば、場合によっては無意識というよりも、故意に問題を起こすケースが多いように感じます。その背景には、企業の風土・文化の問題が間違いなく存在します。
私は監査の際、「病気にかからないように予防する」という考え方、つまり、病気にかかってから治すのではなく、病気になりにくい体作りを推進して健康を維持することを目的とした「予防医学」の考え方を監査項目に加えています。病気にならない、すなわち不祥事が起きにくい体質を促進するための企業風土・文化面に焦点を当てて実施しています。
私が監査面談で重点を置いているテーマは次の二つです。
・経営の透明性が確保されているか。
・企業文化に対するひずみの兆候がなく、健全に保たれているか。
これらのテーマについては、どのように率直な意見を引き出すことができるかが重要であり、相手に対し質問パターンを変えること、身近な話題から始めて本題に入る工夫をすることなどが必要です。こうした工夫は、やはり就任してすぐには難しいですね。人と顔を合わせて、相手を知ることで、自分なりのやり方ができるようになるのだと思います。これに関連して、当社には世界中のトレンドマイクロ社員(Trender)とのつながりの場として、「Sales Kick Off」という集まりがあります。当社のビジョンや方向性について理解し、最新のソリューションやアップデート情報をキャッチできる場であり、1年の成果を祝い、学びを得て、翌年の良いビジネススタートを切るきっかけとする場でもあるのです。
また、監査面談の結果をどういかすか、悪い情報にどのように対応するかについては、監査役会で検討し、必要があれば執行側と対峙することも出てくると考えます。
―コロナ禍、又はコロナ禍を経て往査の在り方はどうなっているのでしょうか。また、情報セキュリティの在り方が大きく変わっていくことに伴い、御社の事業も変化していく中で監査役として留意していることは何でしょうか。
コロナ禍での往査で大きく変わった点は、面談がリモートになったこと、また、現地での監査で更に詳細な書類のチェックを要する場合に、その場での確認ができなくなったことです。しかし、今後はDXが加速する中、例えばスマートグラスを使用し、書類や在庫チェックを遠隔で実施することも検討する必要があると考えます。
ただし、監査面談以外ではコロナ前も後も、事前のPBCに沿った書類を送ってもらい訪問前にチェックを行っていること、また、今年の海外子会社監査では、KPMG Tokyoを通じてKPMG Dallasから直近の財務諸表と会計上の懸念点を事前に取得し、監査最終日には、三者会議(監査役、Trend Micro US担当者及びKPMG TokyoとKPMG Dallas)を行い、直近の問題点を共有していることなど、例年に比べて特に大きく変わったことはありません。
グループ全体での情報交換の場としては、月1回・水曜日に実施している「Super Wednesday roadcast」への参加を心掛けています。これは、グローバルベースでの方針が統一されているか、各リージョンで有効な情報が共有できているかについても、状況把握する必要があるためです。
また、当社は企業のDXが加速する中、サイバーセキュリティがあらゆる企業にとっての経営課題と認識し、セキュリティ・プラットフォーマーとしての当社の活動や保有する技術を、「お客様を守り、社会を守る」ことにいかしていくことが使命であると考えており、「デジタルインフォメーションを安全に交換できる世界の実現」をコーポレートビジョンに掲げています。サイバーセキュリティには特殊な技能・経験が必要です。日本はこの分野については遅れていますので、人材の確保は非常に重要になります。
―ありがとうございました。