2022年2月10日に、公益社団法人日本監査役協会の正副会長による座談会を開催いたしました。以下に一部を抜粋してご紹介いたします。速記録全文につきましては、『月刊監査役』2022年4月号(No.734)をご覧ください。
[出席者]<公益社団法人日本監査役協会>
会 長 松野 正人(日本製鉄株式会社 監査等委員)
副会長 富永 俊秀(パナソニック株式会社 常任監査役)
副会長 加藤 治彦(トヨタ自動車株式会社 常勤監査役)
副会長 長濱 守信(第一生命ホールディングス株式会社 監査等委員)
副会長 関 秀明(株式会社日立製作所 監査委員)
[司 会] 専務理事 後藤 敏文
KAMの本格適用、開示の拡大
富永:KAMの話題について、『月刊監査役』2022年2月号の巻頭言「羅針盤」に、公益社団法人日本証券アナリスト協会会長の小池様の記事がありましたので、そこから私が感じていることをお話ししたいと思います。記事の中で、「その企業の将来性を評価する際に、KAMが新たな手掛かりになるわけです。」とあります。「業界に固有し各社に共通する項目を、KAMに記載する企業と記載しない企業がある場合、その理由から見えてくるものがある」と。また、「新たにKAMへ記載した理由、記載を止めた理由から、企業の変化が推察できるかもしれません。」と続きます。
これはアナリストの方々にとっては当たり前のことかもしれませんが、私はこの記事を読んだとき、新鮮な感覚がありました。やはり、利用者にとって価値ある「KAM」の情報とは何かを考えなくてはいけないと感じたのです。アナリストの方々によって、様々な視点が当然あると思います。我々監査役等は、それをしっかりと拾い上げて、KAMに向き合うことが必要です。利用者がKAMを通して、どの視点から企業を評価するのか、また、利用者とのコミュニケーションから、知りたい視点を把握することが大切なのだと思います。その上で、記載の仕方を考えなくてはなりません。今年も、協会では「機関投資家と監査役等との意見交換会」を実施しますが、この意見交換会を有効に活用できる機会であると捉えています。
また、監査役等が知り得た情報について、監査人の方々とも共有しなくてはなりません。その情報や感覚を、監査人や執行側によく理解していただいた上で、KAMについて検討していく必要があると思います。特に、3月決算の企業にとっては、今回強制適用2年目になります。初年度は、新たな記載ということで社会的にも様々な目で見られますし、書く側としても緊張感があったと思いますが、2年目になり、その感覚が薄れていく可能性もあります。その意味では、形骸化しないためにどうするかを考え、根本的に利用者とよく対話して進めていくことが重要であると考えます。
KAMがなぜ必要になったのかという原点に立ち返ると、「監査の透明性を高め、監査報告書の情報手段としての価値を向上させること」、「財務諸表の利用者に対して、理解に役立つ追加情報を提供することで、監査の透明性を高めること」が目的だと思います。制度自体が形骸化することなく成長していくように、利用者とその内容を共有しながら考えていくことが重要だと感じました。
川島:KAMについて、協会の会計委員会では、各監査役等の方がKAMに対してどのような活動をされたかについてアンケートを行いました。対象会社2,045社のうち、約半分の1,051社から回答を頂いたということで、会員の皆様がかなり関心を持っていただいている結果だと思います。このアンケートは、監査役等の業務プロセスごとに、監査役等の皆様がどのような視点でKAMと向き合っているかがテーマで、選択式回答に加えて自由コメントによる回答も数多くいただいております。それらを読むと、監査役等の皆様が、本当に真剣にKAMに取り組んでいることがよく分かりました。どちらかというと、KAMには強制適用としてやらされる意識で始まった印象がありますが、その中でも、自分事として取り組まれている会社では、リスクマネジメントの一環として前向きに捉えられています。そこからはKAMを通して会社が成長していく兆しを感じています。
それから、2年目以降の話についても、会計委員会で議論になりました。時間が経つにつれ、記載内容が前年と同じになっていくボイラープレート化の問題が生じるのですが、これを会計委員会では「縦のボイラープレート化」、また、会社同士が同じ記載内容になることを「横のボイラープレート化」と呼んでいます。
「縦のボイラープレート化」については、様々な意見がありました。去年と今年でKAMが同じだということ自体が重要な情報であるという意見や、一方で、経営環境や会計制度等が変われば、当然記載内容も変わってくるはずだという意見もあり、議論の結果、「縦のボイラープレート化」に対しては、もう少し様子を見る必要があるというのが、会計委員会の見解です。
また、投資家やアナリストがKAMをどのように活用するのか、という点も重要で、KAMからのフィードバックを監査役等にもしてもらい、監査役等もKAMを更に意味のあるものにしていく、いわば、KAMを育てるというポイントがあると思います。アナリストの方々は、この会社ではこの点がKAMになるであろうという期待を持っています。それが違った場合、なぜ違うのかという視点で評価されるのです。
こう考えますと、KAMについては、内部の視点と外部の視点の両面からの取組が必要で、この両面からKAMを育てていく、成長させていくプロセスに入っていけば良いと考えています。
長濱:当社も全く同じで、強制適用の前からKAMを記載することとし、それに向けて監査法人とかなり時間をかけて深い議論を行いました。その過程で、KAMが開示された後、どのように使用されるかは出してみないと分からないとの意見がありました。今後外部の視点から、KAMをどう見ているかが積み上がっていくと思います。アナリストによっては、会計不祥事があった企業において、「それがなぜKAMに載っていないのか」と言及しているケースがあります。以上を踏まえますと、本来のKAMの趣旨、あるいは私どもが期待している、企業の将来の成長の種を読み取ってほしいという思いではなく、どちらかというと、やや批判的な目線でのKAMに変質していくのではないかと私は危惧しています。したがって、投資家やアナリストが、KAMをどのように使用するのかについては、今後の重要な論点であると考えています。
松野:監査役等の視点だけでなく、経営・執行側がKAMをどう捉えているかをしっかりと把握して、対話を行い、ボイラープレート化を防ぐ、あるいは、KAMを育てていくことが重要な視点だと思います。協会の課題の一つでもある「経営へのプレゼンス向上・浸透」も含めて、検討していく必要があると感じました。
川島:KAMへの取組はまだ始まったばかりで、今後数年経つと、遡って、なぜこれがKAMでなかったのかということも出てくると思います。そうした場合の対応も、これからの課題であると感じています。今はまだ手探りの状態ですが、もう少し時間と事例が積み上がった上で、検討すべき課題があるのではないかと思います。
関 :私も、KAMについては、会社が自社の持っているリスクに対してどう考えているかが重要だと考えます。各会社にはそれぞれの会社が考えている経営上、事業上のリスクがありますので、その中の重要なものが取り上げられることになるのだと思います。社会の変化を受けて、何をリスクとして捉えているかを伝えるために、KAMを使えば良いのではないかと考えています。
加藤:私は、このKAMの問題は誤解される要素もあると考えています。会計上の重要事項であるということで、KAMの目的を冷静に見ていく必要があります。開示ということで、会計監査人がどこを重視しているのかを正確に書いてもらい、執行側がしっかりと受け止めるわけです。監査役等としては、しっかりとした開示かどうかについて、執行側、監査法人の意見を聞いた上で見ていくことになります。KAMは飽くまで、財務諸表の範囲の中の項目について書かれているものであることを、しっかりと認識しておく必要があると思います。
今後の協会の在り方 ―監査役等の実効性向上に触れて―
川島:「監査役等の実効性向上」について、私が感じていることをお話しします。私は、協会が監査役等の会員の皆様に果たす役割は、非常に大きいと思っています。自分が監査役になりたての頃を振り返ると、「監査役とは」という点も含めて、いろいろと悩みながらのスタートでした。そのときに、協会の研修にかなり助けられました。協会の研修は、非常に充実していて、カバーする範囲も広範囲にわたっていると同時に、一方で、専門領域もカバーしています。加えて、監査役等同士の人的リレーションをはぐくむ場も上手く組み合わせる工夫がされていて、大変貴重な機会を頂きました。協会の研修には感謝していますし、私自身、そのような研修を踏まえて、監査役監査の在り方を考えさせられました。
監査役等の監査の大きな枠組みは、会社法で規定されていますが、それをどのように実現するかは、それぞれの監査役等にゆだねられています。監査役等の活動を展開する上で、監査役として、自分がどのレベルにいるのか、このレベルでいいのか、常に不安感を抱いています。ですので、自己研鑽を積んだ結果、自分のレベルを評価できる仕組みがあると、非常に心強いのではないでしょうか? また、こういった仕組みがあると監査役等の皆さんの自己研鑽に対するモチベーションアップにもつながるのではないかと思います。自分のレベルを認識して、監査活動に生かし、周りからの評価・フィードバックを得ることで、更に自己研鑽に励むという良いサイクルになればいいと考えています。
富永:最近日常的に、「実効性」という言葉を意識する機会が多くあります。監査役としての実効性をどのように高めていくかについて、川島様の発言にもあったように、協会の果たす役割は非常に大きいと思います。協会の役割として、監査役等の方々が働きやすい、動きやすい環境をどう整えるかという意味で、監査役等の理解を求める部分と、自己研鑽をして自らしっかりと監査に当たっていただくようにする部分の二つであると考えます。その意味で、体系立った研修体制や、各々のレベルに合った研修体制が大切です。
我々自身も、監査役になって初めて、「監査役とは」という問題に接してきました。監査役の独立性がどのように担保されているのか等、全て監査役になってから初めて接することです。私も、前任から監査役のポジションや課題について、何か具体的に引き継がれたかというと、そうでもないなと。スタートに当たって、自分の会社で、自分の立場で、独立性がどの程度担保されているか、経営トップとの会話ができているか等、監査役活動の課題について、認識することが大切だと思います。まず何を意識して取り組まなければならないのか、何が課題なのかを自己診断できるような仕組みがあればと感じています。
長濱:全く同意見です。執行側の役員から監査役等になる方も多いですが、皆さん、まず最初に自分の立ち位置に悩むことになると思います。この点は、どうしても走りながら勉強するしかないと思います。そうしますと、やはり足元の道標としての協会の役割は非常に大きいと考えます。私自身も多々学ばせていただきました。
一方で、監査役等に必要とされるスキルも幅広く、また奥が深いため、やればやるほどきりがないわけです。特に、監査委員や監査等委員になりますと、これは本来監査役も同じだと思いますが、経営判断の妥当性監査も必要となってくることから、責任の幅が格段に広くなっています。「何を、どこまで、どのようにやればいいのか」という、三つの切り口で考えなければなりません。この点、協会の多岐にわたる研修体系は非常に参考になります。ベーシックな研修とさらにその上澄みになる研修、これらをどうやって自分の血肉にしていくかの道標のようなものがあると、自分のスキルチェック、パーソナルな支援にもなると感じています。今回このような方向性で、協会事業の課題に挙げられているのは非常に良いことだと思います。
加藤:私も、富永様が先ほど述べられたように、協会には二つの役割があると思います。「職業監査役」は基本的にはいないですよね。監査役等は皆、本当にいろいろなポジション、経緯からその職務に就くわけです。任期についても、長い人もいれば短い人もいます。私自身、監査役の任務は法令で決まってはいるものの、最終的に監査役等としてどのように業務を遂行するかについては、千差万別でそれぞれに委ねられているのだと思います。
現実的に、質の問題は個人の能力に依る部分がありますが、職責を果たすという意味で、それぞれの範囲で監査役等としての職責をしっかりと果たすことが重要です。個人それぞれが、自分なりの監査業務を確立することを応援することこそ、大切な部分だと思います。知識、スキルに偏り過ぎず、監査役等としての心構え、座標軸を身に付け、自分の監査業務に自信を持ってもらうことが重要で、それを手助けすることが会員の皆様にとっても有り難いのではないかと感じています。
関 :私は監査委員としてまだ2年目で、執行側から来ました。執行側にいると、監査役等としての教育や経験は、全く受けることがありません。しかも当社の機関設計では、「監督と執行の完全分離型」という立て付けですので、執行側から来た人間が、執行にはできるだけ細かいことに口を挟まずに、どうやって会社に貢献していくのか、今でも非常に悩んでいます。
その中で、私も協会のセミナーをいろいろと受けました。今はオンラインセミナーもありますので、簡単に受けることができて、その有り難みや効果を感じています。ただ、セミナーによってはやはり、経験や知識がある方向けというものもありますので、そのレベル分けがあるとより受講生へのガイドがしやすいのではないかと思います。皆様と思いが同じであると、今日改めて感じています。協会が果たす役割は非常に大きく、私にとっては正に「Lighthouse:灯台」であると感じながら活動しています。
松野:本件は、協会の役割についての根源に関わるテーマだと思います。皆様の御意見は、私も一会員として本当にそのとおりだと思いながら聞いていました。協会として、今の御議論の内容もしっかりと受け止めて、ウェブを活用した研修も含め、支援の在り方を検討していきたいと考えています。特に、就任前に最低限持っておいた方が良い知識・知見を得るための研修であるとか、スタートしてからそれぞれ個別の悩みをコンサルティング的に助けてくれるような機能であるとか、そうした部分で協会としてお役に立てるようになれば良いなと、皆様のお話を聞いていて感じた次第です。
研修も既に沢山のカリキュラムがありますし、動画もありますので、それらを上手く体系的に再構築することを始めとして、皆様にとっての実効性とユーザビリティを少しでも向上させるようにしたいと思います。
富永:最初にお話が出た「人のつながり」については、協会の役割として表に掲げてはいませんが、これが根本にあるのだと思います。自分の座標軸を組み立てていく過程の中で、他の監査役等の方がどのような取組をしているかに接すると、自分に欠けている部分も分かります。協会で得た「人のつながり」は何かのときに役に立つものであり、いろいろな意味での「灯台」になります。「人のつながり」を大事にして、上手く使っていくことが非常に大事だと思います。特にコロナ禍において、協会で共に活動する皆様の存在が心の支えであると強く感じました。皆様にも是非御活用いただきたいと思います。