松永望様は、大手石油会社で、法務・総務・人事・経理の部門で長年キャリアを積まれ、定年退職後に、新興のIT 企業である株式会社パイプドビッツ(現パイプドHD株式会社)に入社し、その後同社の監査役に就任されました。当協会の中では、監査実務部会の幹事を8年間お務めになり、その間、会員の皆様の監査実務に資する多くの活動に御尽力いただきました。本年5月に、松永様が監査役を退任されたことを受け、この度弊誌では、松永様が、その監査役としての活動の中で、どのように考え、行動されたかをお聞きしました。
―監査役就任時の感想や、当時の監査役へのイメージをお聞かせください。また、どのようなことから監査役としての活動を始めましたか。
監査役は知っていましたが、細かい職務はあまり分かっておらず、こんなに法律に準拠して職務を行うとは思ってもいませんでした。そこで、監査役就任後には、日本監査役協会(以下、「協会」という。)に入会し、協会の発行している『新任監査役ガイド』の重要な箇所をノートの半分に写して、根拠法令も参照しながら、もう半分に自分の調べたことを書き込んで、自分なりのノート作りをして勉強しました。当社には内部監査の担当者がいて、監査役会の議事録作り等の業務を担ってくれていたので、私なりに勉強する時間は確保できていたと思います。新任の頃は、協会の研修会に出られるだけ参加していたのを覚えています。基本の法律に関する知識等は前職の業務から培ったものがありましたので、ここで監査役に特化した知識の習得に励みました。
実は前任者が協会の監査実務部会(以下、「部会」という。)に入っていましたが、あまり引継ぎもなく、私自身、監査役として何をやればいいのか分からないし、会社法の一通りの内容は分かっていても、監査役の職務については十分には分かっていなかったので、秋から部会に参加しました。5月に就任していたので、後から思えば、例年8月に新任向けに開催される、長浜の監査実務研修合宿講座に参加すれば良かったのですが、それができなかったので、私の後任にはそこに参加するよう勧めています。このあたりは、就任してからすぐに、協会ホームページ等で情報収集すれば良かったと後悔しています。
部会に入った当初は、参加はしていましたが、会の途中で抜けたりして、あまり深く入り込んで活動はしていませんでした。しかし、部会に入って1年くらいしてから、部会の幹事の方から部会で報告するよう要請されて、「株主総会対応」をテーマとして翌年5月に発表することになりました。実はここでかなり気合を入れ、1時間を超えて発表しました。そうしたら、その後部会の幹事を引き受けてほしいと依頼されました。そこで、幹事となって以降は、部会活動に積極的に携わるようになりました。
―10年間の監査活動について教えてください。
先ほどお話ししたとおり、最初の2年程度は自分で勉強するくらいで、他の監査役の皆さんと交流する機会はあまりなかったのですが、部会で報告して、幹事を引き受けてからは、部会を活性化するため、様々な取組をしました。当時は、部会に登録してもなかなか活動に参画してくれない、例えばグループ討議や懇親会にはあまり参加してくれない方もいらしたので、他の幹事の方の発案により、部会を充実させる取組をすることになりました。部会は月に1回ですので、欠席すると2か月ほど間が空いてしまいます。そうなるとなかなか部会の他のメンバーの顔と名前が一致しない状態のままになり、ますます参加が難しくなります。そこで、部会のグループ討議のメンバーごとに全員の集合写真を撮影し、会社名と氏名を記載した、写真付きの名簿を作成したのです。年の途中でグループ討議のメンバーを入れ替えるので、部会のメンバーの顔や名前が分からなくなってしまわないように、年に2回幹事が主導して作成しています。これで部会を欠席しても、他の皆さんの顔と名前が分かります。事務局にはこの名簿の印刷をお願いしているので、かなり大変な負担をかけているのですが、おかげで私たちの部会は非常に出席率が高くなり、協会の中でもトップクラスとなりました。
また、監査役に就任した方向けのテキストと資料集がもっとあれば良いのではと思い、部会の他の幹事の方々と一緒に、1年くらいかけて、自分たちがやっている監査実務の基本を冊子に取りまとめ、『現役監査役の監査活動事例―グッド・プラクティスを目指して―』として、部会のメンバーの皆さんにお配りしました。ここでは、監査活動の基本として、「ベスト・プラクティス」ではなく「グッド・プラクティス」を掲げ、また、監査役の実務の解説資料として、実際に会社で使われている監査計画書や議事録、監査調書等を集めて掲載したのです。協会のホームページでもこのような資料は掲載されていますが、大企業向けのものも多いので、ここでは中小規模会社向けのものとしてまとめました。初めて監査役に就任される方の中には、特に引継ぎ資料もなく、何も分からないままいきなり実務に対応することになる方も少なくありません。そのような方々向けに、実務を取りまとめたのです。
実は後に、出版社からお声掛けいただき、事務局の支援もあり、この冊子の内容をいろいろと編集し、監査役として最低限必要な内容を抽出して『監査役実務入門 ゼロから始める監査役監査』という書籍として出版することができました。これは非常に良い記念、足跡となったと思っています。
このように部会では、幹事に就任してから、アイデアあふれる幹事仲間にも恵まれ、事務局のサポートや会社の理解もあり、結果として8年間も幹事を務めることになりましたが、部会の皆さんに喜んでもらい、幹事の苦労が感謝の気持ちとして返ってくるという手応えがあるところに、非常にやりがいがあったと思います。
また、協会のコンプライアンスに関する研修会で、ある弁護士の先生が、「監査役が判断を迫られた場合、自分のしていることが、世の中や家族に対し胸を張って説明できるか否かを判断基準におくべきである」とお話しされていたのですが、それが非常に印象的であり、以来その基準をもとに行動してきました。このようなことを意識していれば、不祥事は起きないのではないかと思います。
―それでは本年就任されました、新任監査役等の方々へのメッセージをお願いいたします。
昔、ある監査役の方が、極論ですが「監査役等は、『月刊監査役』を隅々まで読んで、しっかり勉強すればそれで十分だ」とおっしゃっていたのを聞いたことがあります。そのほかにも、研修会に参加し、ホームページのコンテンツを活用し、徹底的に勉強するのが良いのだと。ですから、しっかり月刊誌を読んでほしいと思います(笑)。
また、部会に積極的に参加してほしいと思います。仲間ができて、相談相手が増えることは非常に意義があります。監査役等は会社の中ではどうしても孤独になりがちですから。「こういうことは、部会のメンバーに相談しようかな」と、疑問に直面することはたくさんあります。相談した人が分からなければ、分かる人を紹介してもらえますので、人脈は広がっていきます。人脈が増えれば逆に人から質問を受け、ますます拡大していきます。
私の所属していた部会では、グループ討議の際のグループ分けで、新人の方、ベテランの方、そして中堅の方がバランス良く混じるようにしています。そして、グループの取りまとめ役をベテランの方にお願いし、活発な議論が行われています。さらに部会以外でも有志の方々が集まって10人くらいで自主的な勉強会を開催し、毎月いろいろなテーマで勉強をしています。部会は一つのスタートであり、やる気のある人は、そこから発展させていくこともできるのです。私が知っている限り、このような自主的な勉強会は、三、四つあると思います。IPO 準備のための勉強会等では、実際のIPOを経験した監査役等が、その体験談を他のメンバーに共有することもあります。少人数でより深く勉強して、時にそこに弁護士の先生をお呼びすることもあります。勉強もして、仲間もできて、非常に良い場だと思います。このように、新任の皆様には、是非、部会に参加して、そこから発展させて、いろいろなことをやってほしいと思います。
最後になりますが、監査役、特に中小規模会社の常勤監査役は通常一人しか置いておりません。長い間監査役をしていますと、不祥事とまではならなくとも、監査役を悩ませるような案件が1件か2件は起こるものです。大会社であれば監査役室などのスタッフもおり、検討させることもできるでしょうが、中小規模の会社では監査役が一人で抱え込み、悩むことも多いと思います。
そのような事態に備え、相談できる仲間や専門家を作っておくことが大切です。まず一番身近な社外監査役とは常々情報の共有を図り、時には社外取締役とも意見交換の場を設けたり、部会の監査役仲間の意見を聞くほか、弁護士、公認会計士など専門家とのパイプを構築しておけば、一人で悩むことは少なく、解決の方向は見えてきますので、是非多くの仲間を作っていただきたいと思います。
―ありがとうございました。