ローム株式会社は、2019年に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社に移行、その後も様々な社内改革を推し進められています。今回は監査等委員の仁井裕幸様に、その活動の一端を御紹介いただきました。
―監査等委員会設置会社に移行した経緯や、その後の体制変化等について教えていただけますか
当社が監査等委員会設置会社に移行した理由は、「監査等委員である取締役が取締役会における議決権を持つこと等により取締役会の監督機能を強化することで、コーポレートガバナンスの一層の充実及び企業価値の向上を図るため」というのが公式見解ですが、これについてはもう少し詳しくお話しさせていただきます。
当社は、創業者である佐藤氏が、何十年もの間社長を務めてきました。佐藤氏の類いまれなる経営手腕によって支えられてきた会社だったのです。数十年間にわたり、会社の重要な意思決定は佐藤氏の判断で行われており、各取締役も全社的な見地からの意見よりも、自身の管掌する部門に関する意見を主に述べているような状況が続いていました。
その佐藤氏は2010年に取締役を一旦退任しましたが、2016年に復帰しました。しかし、取締役に復帰した際は御高齢であり、ポスト佐藤氏の体制をどうするのか、という問題が生じてきたのです。佐藤氏の後継者として、いわゆるカリスマ経営者となれるような人物がいない、と。そうであれば、やはり社内取締役、社外取締役のバランスを取って取締役会を活性化し、いろいろなことを議論しながら決めていく「集団経営体制」が最適であろう、となったのです。
とはいえ、いきなり社外取締役を何人も連れてくるわけにもいきませんし、そうやって急に連れてきた方では、社内取締役と歩調を合わせて議論できないのではないかという懸念もありました。そのような状況で、当時の役員の陣容を最大限生かす形として、監査等委員会設置会社への移行によって、人物や能力もよく分かっている我々社外監査役を社外取締役としたのです。そうして、社内と社外の取締役のバランスを取って、「集団経営体制」へと移行を進めました。あわせて、「役員指名協議会、取締役報酬協議会の改訂」、「執行役員制度の導入」、「取締役への業務執行の決定の委任」等も進めてきました。
当時は、社長直轄の監査室が小規模で、その監査には自ずと限界があり、本来監査室が行うべき細かな業務監査等も含めて、その多くの部分を監査役が監査する体制でした。
私も3年間そうした監査を経験しましたが、監査等委員会に移行した際に、同時に監査室が内部監査部に昇格し大幅に組織の充実が図られ、監査等委員の顔ぶれも変わったので、これを機に、内部監査部の行う監査と、監査等委員が本来行うべき監査の区別、役割を意識して、監査等委員会の監査活動を大幅に見直しました。まず、監査通知は1か月以上前に出して、必要な資料を事前に電子メール等で取り寄せました。その資料を読み込み、検討が必要な課題の有無や質問を整理した上で監査に臨むようにしました。監査の際には、部門長や事業部門・管理部門のトップへのインタビューを中心に行っており、具体的には、ガバナンスや内部統制のPDCA等をインタビューし、問題点を指摘しています。
監査計画の立案についても、以前は重点監査項目が14項目にも及んでいましたが、監査等委員会に移行してからは、大きく経営方針等の6項目に絞りました。また、先にお話しした細かな業務監査の部分については、内部監査部に移管し、そこでリスク分析して重要な事項から監査をし、その状況を聴いて監査等委員会で詳細にインタビューしていくという形に変えました。
―監査等委員会設置会社への移行に関する内容以外でも、仁井様が監査等委員として日常的に意識していらっしゃること、問題意識として捉えていらっしゃること、あるいは、普段思うことについて、自由に御披露いただきたく存じます。
やはり、まずはコロナ禍の現状を踏まえた対応ですよね。我々だけでなく社員全体の働き方が大きく変わりました。これまで当社もかなり紙ベースで業務をしていましたが、1人1台PCが配布され、稟議書等も全て電子化され、ペーパーレス化によって紙がなくなりましたね。
往査も現場・現物・現実という三現主義から、感染防止のため現在では歩き回らないでほしいと言われるようになり、また、歩き回ってもそこには社員がいないわけです。このような環境の中で、監査の方法もやはり変えていかなくてはならなくなりました。ITを駆使したり、インタビューの会話の中で聞き出したり、いわゆるハイブリッド型の監査に変えていくことが課題となっています。
監査役というのは「Auditor」、これはラテン語を語源としていますが、私はやはり、「よく聴く」ということを意味するのだと思います。相手の話を徹底的に聴く、そのためには信頼関係を築くこと、そして相手の本音をしっかり聴くことを大切にしています。この監査等委員に相談したらいいアドバイスをもらえるとか、きちっと対応してくれるとか、そう思ってもらうには日頃の行動ですので、そこを心掛けて取り組んでいます。
私は社外常勤監査等委員ですが、日頃意識しているのは、社外の目を持ち続けることです。常勤として毎日出勤していますと、社内の事情にも精通し、それは仕方ないよね、といった意識が芽生えてきてしまいます。ですので、意識して社外の目を持ち続けることを肝に銘じています。例えば、できる限り忖度はしないとか、あるいは、ならぬと思うことはならぬと述べるだとか、そういったことですね。
片方の目で世の中の流れやスピードを見て、もう片方の目で社内の流れやスピードを見て、そのギャップの原因を探るわけです。社外の目を持ち続けるには常にアンテナを高く張ることが必要です。これについては、日本監査役協会関西支部の監査実務部会にできるだけ欠かさず参加し情報交換をしています。
また、京都独特のものですが、京都にあるオーナー企業の監査役による有志の「監友会」というものがあります(1業種1社で現在12社で構成)。1998年に設立されたので、もう設立から23年ほど経ちます。この会の設立の趣旨は、オーナーの我儘を抑えることと、オーナー企業であるがゆえに、ガバナンスが効いていることを外部に対しても堂々と言えるようにするためで、現在は、監査実務の悩み等も含めてざっくばらんに相談する会になっています。私は4年前からこの会の会長を務めています。今はコロナ禍で休会状態ですが、平時には3か月に1回開いており、何か気になること等がある際には、私の方から皆様に投げかけますと、3、4日のうちにほとんど回答がそろいますので、それを整理して皆様にお返ししています。このように非常に結束力が強い会で、社外の動きがよく分かりますので、大変参考になっています。
最後に、私の座右の銘についてお話しさせていただきます。
これは個人的な話になりますが、私が小学校を卒業するときに、担任の先生が大変人徳のある方で、色紙を渡して将来の座右の銘になる言葉を書いてほしいとお願いしたのです。すると、先生は一晩考えて、「誠」という字を書いてきてくださいました。「君はとても誠実な人柄をしていると思う。この『誠』という言葉を書くので、この気持ちをいつも胸に秘めて、立派な大人になってほしい。」と励ましの言葉を頂きました。
私はその言葉を胸に生きてきましたが、社会に出てからは「誠」という字について、これは「言うを成す」と書くわけですが、物事を成すには言葉を尽くして当たらなければならない、また、そのときの心持ちを「誠」というのだと理解いたしました。
それを実感するような体験がありました。
私が大和銀行ロスアンゼルス支店に勤務していた頃、当時は日系企業との取引が中心でしたが、これから非日系企業との取引を強化しなければならないという時代でした。そのような中で私はマネージャーとして現地に赴きましたが、やはり優秀なアメリカ人のオフィサーが必要であると痛感したのです。そこで募集をしたところ、大変優秀な人物を採用することができました。それから数年間、彼は私の右腕となって期待どおりの成果を上げてくれました。
ところが、アメリカというのはやはり転職社会ですので、彼も他の銀行からヘッドハントを受けており、突然退職の申出があったのです。そのような場合には、恐らく報酬の面でも全然違うでしょうし、先方とも話はついているわけです。普段はそこで了承して終わりですが、私はそのとき「誠」という字を思い出しまして、これほど優秀な彼には「誠」の言葉で説得してみようと考えました。その晩、リトル東京の居酒屋で数時間にわたって、「人生の目的は何か」と、「どういったことを達成したいのか」、「それならばここで私と一緒に達成しよう」等、「誠」の言葉で彼を説得しました。
すると彼は一晩熟慮したのでしょう、翌朝一番に、「Mr.仁井の自分を思うエネルギーには参った。こんな上司には出会ったことがない。Mr.仁井がいる限り、自分もここで頑張る。」と言って、ヘッドハントの話を断りに行ったのです。経済的にも非常に合理的な考え方を持つアメリカ人を翻意させることができたのです。これはやはり「誠」の言葉なのだと思い至りました。ちなみに、彼はその後、私との約束を見事に果たし、今もなお心の交流が続いているのです。
それ以来、言葉を大切にしてコミュニケーションを尽くせば、物事は成就できるのだという気持ちを肝に銘じており、若い人たちにもそれを伝えています。
―ありがとうございました。